「なんのために東大に…」我が子の就職先に納得いかない東大出身者の親の嘆き

塾講師としてもう何も言えません。どうかこのブログの読者の方が読んだご感想を感じていただけたらと思います。人生、思う様には行かないですからね・・・

マネーポストWeb.2022/01/15号より

 

 東京大学といえば、日本最高峰の大学として知られ、もし息子/娘がそこに合格したなら親としても鼻が高いのではないだろうか。我が子が東大に合格した時点で、将来は一流企業に就職して、定年まで安泰……なんて想像する人もいるかもしれない。その一方で、東大に入った我が子が予想もしなかったような職業に就いたら何を思うのか。かつて、そうした親の思いを取材したことのあるネットニュース編集者の中川淳一郎氏がレポートする。

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 私が大学3年生(1995年)の夏、外資コンサルティング会社でインターンをしたのですが、この時、「東大卒業者の進路」というレポートを東大の院生と2人で書きました。このレポート作成時に東大出身者の親の話も聞いたのですが、そこで印象深かった「私が思い描いていた我が子の進路とは違う……」という嘆きを紹介したいと思います。

 このレポートを作成した時は、東大の就職課まで行き、卒業生たちの進路を見せてもらいました。今ではこんな情報を外から来た人間に簡単に見せるとは思えませんが、当時は「はい、どうぞ」という感じで、アポ無しで見せてくれたのです。

 我々は「いわゆる東大生が行きがちな進路を選ばなかった人の理由」を知りたいと考えました。官僚・弁護士・地方公務員・総合商社・生保/損保・都銀・地銀・政府系金融機関・大手メーカー・大手マスコミ・外資系コンサル・外資系金融機関などに行かず、「えっ? 珍しいなこの進路」という3人をピックアップしました。

「やっと私の悩みを理解してくれる人があらわれた」

 その3人はテレビの制作会社・A社へ行った男性、聞いたことのない横文字の会社・B社へ行った男性、そして「不明」の男性です。いずれも自宅(実家)の電話番号が記載されていたので、本人に繋がる電話番号を教えてほしい、と実家に電話をかけました。

 趣旨を伝えると、電話に出てきた3人(全員母親)は、堰を切ったように喋り始めたんですよ。いやいや、あなたの息子さんと喋りたいのですが……と思うも、「親の思い」もなかなか興味深いものでした。なお、B社は、小さなコンピューター関連の企業(今でいうところのIT系)、「不明」の人は無職だそうです。3人の母親は口を揃えて、「そういうことを調べてるんですか。聞いて下さいよ~!」と言いました。「やっと私の悩みを理解してくれる人があらわれた」と思ったのかもしれません。まずは制作会社・A社へ行った男性の母。

「普通東大っていったらどんな会社でも入れるでしょ? それなのに、なんであんな小さな制作会社なの? 映像が好きなんだったらNHKも東京の民放もあるのに、何を好き好んで“あんな会社”へ……」

 私が「実際に自分で映像を撮影したり、体を動かしたかったのでは?」と言うも母親は「それにしてもNHKだって自分で映像制作できるでしょ? あなた、息子の連絡先を教えてあげるから直接『そんな会社辞めて、NHKに転職しましょうよ』と伝えてもらえる?」と不満たらたら。続いてはコンピューター企業・B社へ行った男性の母。

IBMとか富士通とか色々コンピューター系の会社はあるのに、なんでそちらに行かなかったのか……。なんでも先輩が作った会社らしいけど、そんなところに行って潰れたらどうするのか」

 この男性については、もしかしたら現在は上場して、ストックオプションでウハウハになっているのかも、なんて想像もしてしまいます。そして3人目の無職男性の母親はとにかく嘆き続けるだけ。印象に残っているのは、3人の母親が揃って、「なんのために東大に行かせたのか……」と言っていたことです。

地頭の良さから最後はなんとかしてしまう人も

 私自身、社会人になってから東大出身のフリーライターやフリー編集者と一緒に仕事をすることもありますが、彼らはやはり知人から「なんで東大行ったのにライターになったの?」なんて言われることがあるそうです。そして親からは、「あなただったらもっと選択肢があったでしょうに……」と言われたといいます。これは上記インターンの時に話を聞いた母親たちと同じ感覚でしょうね。

 私の友人で東大を中退して自転車便のメッセンジャーになった後にその会社の中枢に入り、その後、弁護士を目指して独学で司法試験に合格した人物がいます。結局、東大生は地頭の良さから最後はなんとかしてしまうところもあるのかと思いますが、「新卒で入った会社で定年まで過ごす」という価値観が当たり前だった親の世代からすれば、それが叶わなかったことに失望してしまったのだと推察します。これはあくまで1995年のレポート作成時の話で、今同じことを聞いたら、もう少し反応も違っていたかもしれません。

 とはいっても、自分の人生は自分で選ぶもの。親が何を言っても20歳を過ぎた子供がなんでも「はいはい」と聞くわけがありません。本人は案外幸せだったりしますので、東大生のお子さんがいる親御さんにおかれましてはお子さんの選択を支持してあげてほしいな、と思います。

【プロフィール】

中川淳一郎(なかがわ・じゅんいちろう):1973年生まれ。ネットニュース編集者、ライター。一橋大学卒業後、大手広告会社に入社。企業のPR業務などに携わり2001年に退社。その後は多くのニュースサイトにネットニュース編集者として関わり、2020年8月をもってセミリタイア。著書に『ウェブはバカと暇人のもの』(光文社新書)、『縁の切り方』(小学館新書)など。最新刊は『炎上するバカさせるバカ 負のネット言論史』(小学館新書)。