私の塾の使命

 彼岸を前に日が沈む時間が大変早くなってきた。夏休み中は教室前の小さなイルミネーションの点灯時間を午後6:45にしていたが最近はその時間はもう暗いので、タイマーを午後6時にリセットした。これから冬至のころまでにもう一時間早くなってゆくのだが、塾の授業時間は原則午後9時過ぎには終わっている。ある塾長に話したら「それから稼ぎ時だからうちは11時まではやっている」との事だった。その事に私はとやかく異論をはさむつもりはないが、なぜ塾を9時で終わっているかを生徒や保護者に伝えると、皆さん納得してくれている。
 私の教室は生徒主体の授業をやっているから、最初の頃、学んだことを自分で復習できない生徒は、なかなかすぐには成績は伸びない傾向があるが、その方法を少しずつ継続的に指導していって最終的には、自分で自主的に勉強できるように育てるのである。それは我々の指導方法次第で生徒はいくらでも順応できると、私は30年の経験から会得しそれを実行しているのだ。
 だが一般の塾は時間の長さで、預かれば預かるほど儲かるシステムであるから、私のやり方が塾業界で普及しないのは当然なのだが、逆の立場で生徒サイドから見れば、それはたいへん身勝手な論理と言えはしないだろうか。私にはやはり、勉強は自分で考え悩んだ分だけ成長できるという自負の考え方があるからで、問題の答えを教えるより、問題の考え方を教える方法を私はずっと継続してやっているのだ。そしてもっとそれを生徒によって昇華させると、問題の考え方を学ぶことより自分自身で各自が、まず自分から学びたいという気持ちを出させるほうが、もっと大切だとついに私は達観したのである。
 最初から私が達観したような自分で学習をできる生徒は少ないが、生徒の大半は成績は上げたいから、入塾して繰り返し私の教育方法でやっていくと、少しずつでも生徒たちは自分の学習法を見つけてゆき、自分で勉強できるようになるのである。その導入学習に繰り返しの利くパソコンはたいへん有益であり、さらにその実践根底には不変のミシガン教育理論があるのだ。だから当塾では小学生から高校生までも関係なく、自分で今日はこれをやって帰ったらそこの復習をするという、学習パターンが最初は100%ではないものの知らず知らず身に付き、塾が早く終わろうとも、入試全員合格という快挙を連続で成しえていると確信している。
 授業が終わり教室を閉めて帰宅、風呂に入り夜食をコンビニに買いに行くのが日課であるが、深夜11時頃にコンビニで買い物をする塾帰りと思われる生徒を見る度に、「今日はもう帰って塾での勉強は自分で復習できないだろうな・・・」と思うと、なんだかかわいそうになってしまう。
 いくら教えられても、自分で自覚して勉強しない限り身にはつかない。勉強は最後は自分でするものであると、私はこれからも生徒たちには伝えてゆきたいし、生徒たちが一生役立つ学習法をも啓蒙してゆくのが、私の塾の使命と考えている。