最後の宇高連絡船

 瀬戸大橋ができる前には本州へ行くのに必ず利用していた、宇高連絡船が2019年12月15日に運航最終日を迎えたそうです。小学生頃の家族旅行や中学時代の修学旅行、そして大学時代の帰省などにも必ず利用していましたが、橋が架かって利用することもなくなりましたが、船上で食べたうどんの味など思い出して、何やら下記の記事と共にセンチな気分になりました。50代以上の人なら四国から出る時や入るには、必ず利用していた記憶のある航路でしょう。109年の歴史があったようですね。時はどんどん流れているのです。

 

 「高松港高松市)と宇野港岡山県玉野市)を結ぶ「宇高航路」の四国急行フェリー(高松市)の運航最終日となった15日、船には大勢の乗客が詰めかけた。最終便は午後7時50分、大きなドラの音が鳴る中、高松港を出港。乗客らは、四国と岡山県を直通でつないできた109年の歴史に思いをはせた。

 宇高航路は1910年、国営の「宇高連絡船」として開設。四国と本州を結ぶ主要航路で、車や貨物を運搬し、生活の足として地元客を支え続けてきた。

 その後、他の3社も加わり、87年度には約400万人が利用したが、88年の瀬戸大橋開通や高速道路の料金割引により利用者が激減。2012年には同社のみの運航となったが、赤字が続いていた。

 高松港ではこの日昼間から多くの乗客らが駆けつけ、船との別れを惜しんだ。船内の売店には名物のうどんを買い求める長蛇の列ができ、デッキは写真を撮影する人たちであふれた。

 最終便に乗るために京都府から駆け付けた会社員、岡本勝さん(62)は「結婚する前に妻が高松に住んでいた36年前、京都から会いに来るために宇高航路を利用していた。乗るのはその頃以来だが、うどんの味も懐かしい。思い出深い航路です」と振り返った。

 同僚と最終便に乗りに来た神戸市の会社員、岡本賢人さん(24)は高速道路の料金割引前までは頻繁に利用していたという。「まだ休止する実感が湧かないが、最後の便をしっかり堪能したい」と話した。」

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