Vol, 64  スケート場の有無、それは県勢格差が理由?

先日、高松へスケートに出かけた。冬の我が家のビッグイベントである。車の中でおむすびをほおばりながら、高速道路を2時間ばかり走ると目指すスケートリンクに到着。トリノオリンピックフィギアスケートの活躍も影響してか、かなりの人出であった。

   子供たちは年に1度にもかかわらず何度か来ているので、スイスイと滑って行く。最初は取手から手が離せなかった妻も何とか一人で滑りはじめた。しかし私は最初から滑る事ができ家族から尊敬のまなざしを受けていたのである。というのも私が小中学生の時には高知にもスケートリンクが存在し、冬ともなると毎週のように「スケート小僧」だったからか、体がまだ覚えていたのだった。いま四国のスケート場はここと松山にしかない。

   ふと高知の中学生がスキーの全国大会に参加している時代に、全く高知でスケートができないのは不公平なように感じてしまった。これも県勢格差が影響しているのだろうか?道州制が話題になり四国がひとつになる構想のようだが、愛媛や香川から「高知とは一緒になるのは嫌だ!」なんて言われないだろうか・・・などと帰りに本場のさぬきうどんを食べながら思ってしまった。



    このブログは3月17日付け高知新聞朝刊 読者投稿欄「声、広場」に掲載されました。