塾に行く目的 + 大震災に思う

 昨年から教室に来ていて、今年高校生になったひとりの生徒がいる。丁度一年前友達と2人で見学に来て、しばらく通いその子だけがこの教室のやり方について来られた格好だ。手の掛かりそうな生徒にはそばに居てずっと見ていて、問題で困っているようだとこちらから声を掛けて助け舟を出すことはあるが、出来る生徒には最初にやりたいことを聞いてそれに関する資料を与え、後はできるだけ自分でやらせるようにしているから、宿題などもってきても自分でやっていなければ手伝ったりはしない。後の1人はそれが気に入らなかったようだ。塾は宿題をメインでするところではない。だからか、自分でやろうとするその生徒は、かなり成績が上がった、
 塾によっては上げ膳据え膳で生徒の要望を何でも受け入れ、手伝う塾がいいように思われているかも知れないが、それは結局生徒をだめにしている。家庭教師全員がそうだとは言わないが、分からないことがあればすぐ聞けば教えてくれるから便利!と聞いたことがある。高校生になっても単語が分からなければ辞書も引かず家庭教師に聞こうとするようで、学校でそんなことができるだろうか?それで教えない家庭教師は人気がなくだめだそうだ。しかし私は辞書を与えて引かせている。中には辞書を引いたことがない高校生もいるようで、辞書の引き方から教える私は、人気のある家庭教師にはなれないだろう。しかし教室にはパソコンがあるから、それで単語の意味を引かせることもある。意味がたくさん現れ例文なども大変多い。それだけでも勉強になることを、伝えているのだ。
 塾選びの頃、まずは何のために塾に行きたいのかをはっきりさせておく必要はある。
成績を上げたい中学高校生、ミシガンです。そして公立高校へ合格したい中学生、やっぱりミシガンです。成績を上げてできれば推薦で大学に行きたい高校生、ミシガンが最適でしょう。待っています!



 新年度だから教室の事を今週のブログとして書いて見たが、未だに震災の爪あとに苦しんでいる人たちの姿をテレビで見るたびにまた、我が教え子の安否を心配し、自分は他の生徒たちと安全なところに非難できていたのに、再び安否の分からない生徒を探しに行って亡くなった教員の話などを聞くと、泣きそうになり悲しい気持ちと悔しい気持ちと腹立たしい気持ちがごちゃ混ぜになってしまった。そして、のうのうとこんな事を書いている場合ではないと思ってしまい、今の気持ちを書かずにいられ無くなってしまったのである。許されるものなら現地に赴いて何か手伝いたい気持ちで一杯だ。
 避難してきた小中学生に、勉強を教えているボランティアの姿が目に入った。こんなおっさんが行ったところで、全てが自己経費・自己責任の災害ボランティアの世界でかえって邪魔になるだけかも知れないし、守らなければならない生徒や家族を放って置いては行けない自分である。せめてもの協力と先週は町内会でも義援金を寄付させてもらった。
 こんな時総理大臣になったおっさんは「自分はついていない」と嘆いているかも知れない。地震津波放射能までの問題を、あのおっさんには対処できるとは国民のほとんどが思っていないだろうが、野党の人もあまり何もしていないように見えるから、あのおっさんが何もできずに自滅するのを待っているようにさえ、感じてしまうのである。
 阪神大震災の時にはやはり総理は自民党ではなかったので、巷の噂では自民党が総理から離れたら災いがわが国を襲う、とまで言う人もいるらしい。そして鎌倉時代の蒙古襲来、江戸時代のペリー来航、昭和20年の敗戦と並べてこの災害を日本の国難と数える歴史学者もいるようだが、その国難の度にわが国では「天皇」の存在が大きいように思うのである。そう考えると「天皇」は日本人には必要なのかもしれない。
 わが国の歴史において大災害や大飢饉が、繰り返しわが国を襲ってきた。そして学生時代読んだ「日本沈没」という小松左京の小説を思い出したのである。ふと、日本中が今の災害地のようになったらわが国はどうなるだろう・・・と思ってしまった。
 今回は書きたいことが全然まとまらない・・・