令和二年 日々是日本史

  昨年、平成から令和になり新しい時代の幕開けに、翌年の東京五輪を控えた我々国民は大きな希望に満ちて、令和二年の新年を迎えたのだった。といのも令和元年は夏から秋にかけて九州や関東地方で、激甚災害に指定されるほどの災害が重なりあったのだが、我々国民はそれらを力を合わせて乗り越えてきて、来る令和二年に開催される東京五輪を希望の光として、国民全体が厳しい現実に我慢しながら耐えて来たようにも思う。

 しかし、見えない疫病の災いは隣国から少しずつ忍び寄ってきて、我々に未だかつてない試練を与えるに至っている。小中高校が約一か月にわたり休業になった事でも前代未聞であるし、現安倍政権がコツコツ何年もかかって築き上げたアベノミクス株価が、わずか数日で吹き飛んでしまう株価の乱高下が起こり、ひと昔前なら世界的な経済恐慌を引き起こしてもおかしくない状況のその上に、今年の最大の希望の光だった東京五輪までが一年先送りになるという事態は、まさに今の日々の現実が日本の歴史になる瞬間を我々国民は、まさに目の当たりにしていると言えるだろう。

  大きな災いの後は必ず大きな幸運が我が国に訪れると信じて、今日の歴史的な日々をしっかり記憶に留め、この数週間の地元新聞を我が家では保存しようと決めたのである。

このブログは令和2年3月30日 高知新聞朝刊読者欄に掲載されました。

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