昭和ノスタルジー

   来週で終わるというので昼間の空き時間に、「Always 三丁目の夕日」の映画を見てきた。約50年前の日本の姿に、多くの日本人が共感している作品である。作品の内容や俳優についてどうのこうの言うつもりはないが、自分が小さい頃の狭い家の様子が懐かしく思えた。そして親父はまさにあれだった。

   戦争ですべてを無くし、どん底から這い上がろうとみんなが頑張っていた時代だからこそ夢があり、頑張れたのかも知れない。家電や車などの形あるものを手に入れる事が目標になっていた時代である。それが手に入って当時の人々は幸福感を味わっていたのであるから、それに付随した産業が成長していったのも、うなずけるのである。しかし、それらを得た事で自分達は大きな大切な物を、今失いかけている現実がある。

  時の流れに今が続いて未来が築かれていく。過去があり現在、そして未来があるが現在が過去になった時、未来が現在になりまたその時の未来があるから、時間の流れというものは無限なのかも知れないが、昭和という時代を今の私達が時代劇を見るような感覚で扱われる未来の時代にもきっと、今の平成の世も同じようにノスタルジックに扱われていると思う。人間とは常に現在に不満を持ち昔は良かった、今の若い者は・・・と言う癖のある動物かも知れない・・・
   
   私が監督だったら最後のシーンに、主人公の子供たちの50年後の姿で彼らの家族と平成の東京タワーをバックに、夕日を映し出すだろう。「夕日はいつもきれいだ」と・・・この昭和ノスタルジーの映画は、私をつかの間の映画監督にしてくれたのであった。