古関裕而さん

 毎朝NHK連続テレビ小説「エール」を見ている。今週は彼が国民として国家に尽くすために彼の音楽の非凡な才能が認められて、兵役免除され今でも聞かれている「若鷲の歌」が作られたエピソードが描かれていた。やはり曲調はマイナー(短調)であるが演歌のように日本人の心には、そのマイナーの旋律がより響くのであろう。

 やはりこの人の音楽的な才能はすごいとおもう。メロディーの引き出しというかアイデアがどんどんわいてくるようで、今のシンガーソングライターのようなギターやピアノを弾きながらメロディーがコード進行で浮かぶのではなく、詩を読んでいるとメロディーそのものが浮かび後からコードが付いてくる作曲法でなのである。どちらかというと私もそちらの方で、なまじギターやピアノが出来ないから、メロディーが歌詞に一緒に浮かんでくることが多いが、私のはあまり人に聞かせられるものではないレベルだから、作曲家をしていない。

 一方クラッシクの作曲家というのはメロデイーがあって、それに伴奏のハーモニーを付け更にはオーケストレーションと言って、ピアノで弾ける曲を大きなオーケストラでも演奏できるように各楽器に用に楽譜を書く、編曲までするのだからやはりそこが、はやり歌を作るシンガーソングライターとは違うところなので、それにはやはり基本的な音楽教育を受けないとできない世界なのである。

 私もその道を目指そうと若い頃に専門に勉強もした。作曲はやはり無理だとわかりたくさん書けば何とかなるかなと、とにかく編曲したいと思った曲はたくさんした。すると楽譜からそれらの楽器の音が聞こえてきて、各種楽器の混ざり合ったアンサンブルの音が楽譜に浮かんでくるのである。何か信じがたいお話に聞こえるかもしれないが、全盛期には確かにそうだった。しかしその楽譜は編曲を頼まれた人や学校に贈呈したりしたので、もうあまり手元にはないが最後に指揮者を務めた「高知フライデーウインドアンサンブル」には、定期演奏会用に書き下ろした楽譜がかなり残っていると思う。

 私に最後に残った人に自慢できる音楽は「カラオケ」である。若いころ塾の宣伝費がなくて講師の自分が、この大会で優勝すれば塾の宣伝になると出場し総合優勝をしたのが自慢だが、最近は歌うこともできていない。でも歌には人間を元気にしストレスを解消する力があるから、私が所属する塾長会の締めはカラオケである。好きな歌をほろ酔い気分で歌い、最後はみんなで「昴」を合唱していた。しかしコロナはそんな我々の楽しみも奪ってしまった。

 現在の私のストレス解消は運動とこのブログである。汗をかく運動を週6日やっているし、このブログや教材会社のコラムそして昨日の新聞投稿など、一か月に結構書いている。パソコンに向かえば書きたい文章が自然と浮かんでくるから、「才能」はあるのだろうしその記録も残してはいるが、あくまで今は趣味としか言えない自分なのである。音楽はそこそこ努力したが古関裕而さんとはやはり、「才能」のレベルが格段に違うのである。

 ※新たに始まるマインクラフト使用プログラミング教室の体験授業案内を、下記に添付しておきます。10月18日(日)11時より~

https://juku-michigan.sakura.ne.jp/pic/ad13.pdf