9月が来て思う事

 今日の新聞で8月は大変雨が多かった高知県だったと載っていましたし、35度以上の猛暑日が無かったとかも載っていました。南国土佐で暑いイメージがある高知県ですが、南に海が開けていますから海風は割と吹きまして、その分内陸部のようなねっとりした空気が流れないような暑さは、少ないのかもしれません。しかし、いったん照りだすと日差しは刺すような直射日光で、調節地肌や皮膚を出さない方が良いかもしれません。最近は紫外線の目の被害なども報告されていますから、直射日光の元ではサングラスが必須でしょう。

 9月に入った今日も高知は雨が強く降ったりやんだりの天候で、いささかもう雨は要らない感じもしますが、関東や新潟の方では全く雨が降らない干ばつだそうで、おいしいお米の代名詞の魚沼産のお米などは、今年は不作になりそうだとのことです。高知県の山間にあるダムでは雨が降り過ぎて、近況放流をしているニュースも流れていますから、その水を干ばつで苦しんでいる地方に何とか回せないものか、とか考えていました。

 人間はやはり自然をコントロールしようなどとは、考えるものではないのかもしれません。考えすぎかもしれませんが、自然を壊している人間社会に自然が報復をしているようにさえ感じる私です。景勝地の自然の中に、平気でごみを捨てる人の感覚が私には信じられません。きれいな自然の中でごみが散らかっているのをみて、心が痛くならないのでしょうか、多分自分の家や土地に同じことをされたらその人は、すごい剣幕でごみを捨てた人を注意するかもしれません。しかし、東南アジアの都市のように法律で規制しているきれいさは不自然で、どこか私にはなじめなかったです。

 美しい日本にしましょう!と言った総理大臣がいました。身も心も美しくなれば、おのずと街もきれいになるものだと信じます。ゴミ屋敷に住んでいるきれいな女性をテレビで見た事がありますが、少し病的に感じました。きっと恋愛でもして彼が自室に来るようになったら、きれいになると思います。大切なのは、散らかる前に掃除をすることです。そして片付けは今やりましょう、溜めない事です。夏の疲れか取り留めのない話になってしまいました。